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東京地方裁判所 昭和55年(合わ)386号 判決

主文

被告人らは、いずれも無罪。

理由

第一公訴事実と争点

一  公訴事実

本件公訴事実は、「被告人らは、共謀のうえ、昭和五五年一一月五日午前一一時三〇分ころ、東京都世田谷区玉川台二丁目三九番一一号ホテルインタートーメイ一階ロビーにおいて、D(当時四四年)に対し、同人の手足をビニールひもで緊縛して同ホテル前に駐車中の普通乗用自動車後部座席に同人を押し込み、同所から約五・四キロメートル離れた同区《番地省略》E子方作業場まで右Dを連行したうえ、同日午後〇時ころから約二〇分間にわたり、同所において、同人の身体を毛布にくるんでうつぶせにし、その背部、足部等を手で押さえつけたり、更に同人の背部に馬乗りになって同人を押さえつけるなどし、もって、同人を不法に逮捕したが、その際右暴行により、同日午後〇時五五分ころ、同所において、同人をして食物誤飲による窒息のため死亡するに至らしめたものである。」というにある。

二  争点

本件公訴事実につき、各弁護人は、客観的な事実関係の大筋はこれを認めるものの、被告人らの右一連の行為は、覚せい剤の影響による錯乱状態に陥ったとみられるDが、ホテル内で狂ったように暴れまわり、自傷行為にさえ及ぶ状態であったため、緊急に同人を取り鎮め、保護するために行われた行為であって、もとより被告人らには、Dを逮捕する等の故意はなく、まして逮捕を共謀した事実もなく、また、被告人らの右行為とDの死亡との間には因果関係がないから、被告人らの本件行為は、逮捕致死罪の構成要件に該当せず、仮にそうでないとしても、緊急事態の下における正当な保護行為とみるべきものであって違法性がない旨を主張し、各被告人も、おおむねこれに沿う供述をしている。

第二当裁判所の認定事実

当公判廷において取り調べた関係各証拠によれば、以下の事実を認定することができる。

1  被告人Aは、E子方に預かってもらっていた荷物の引き取り方が悪いということで博徒日本義人党北沢支部幹部であった本件被害者Dから昭和五五年一一月一日以来連日のように呼び出された上、恐喝まがいの因縁をつけられる状態のもとで、同月四日午後九時三〇分ころにも、同人の指示で車を運転して東京都世田谷区玉川台二丁目三九番一一号所在のホテル「インタートーメイ」に赴き、ともに投宿したが、その際、Dは、多量の覚せい剤を自己の身体に注射して使用したためか、程なくして覚せい剤による幻覚症状とみられる錯乱状態を呈するに至り、例えば、全裸になった上、女性が欲しいと言ったり、同被告人に性的関係を迫ったりしたほか、チリ紙を陰部にはさんだまま歩いて部屋中にまき散らし、浴室内で暴れ大きな物音をさせるなどの異常な行動を繰り返し、収拾のつかない状態になった。

2  被告人Aは、当初Dに自動車のキーや運転免許証などを取り上げられていた上、後難を恐れる気持もあって、容易にその場から逃走することができなかったが、やがて、この上はDと親しい前記E子方に応援を求めるほかないと考えるようになり、同夜部屋から脱出する機会をうかがっていたものの、錯乱状態のDに阻まれて容易に果たさず、翌五日午前九時三〇分ころになって、ようやく二階の窓から飛び降りてDの手を逃れ、同ホテルの支配人に事情を話した上、東京都世田谷区《番地省略》所在のE子方へかけこみ、応援を求めた。

3  被告人Aから事情を聞いたE子は、急を要する事態と考え、急遽日本義人党北沢支部の責任者でDの後輩に当たる被告人Bの自宅に電話連絡し、同人に事情を説明の上、直ちにAの車で同ホテルへ行きDの救出に協力してくれるよう依頼し、次いでこれと前後して、BやDらとも面識のある被告人Cが病気見舞の花束受け取りという全く別の用件でE子方へ偶然立ち寄ったところから、渡りに船と同人にも直ちに別途前記ホテルへ行きBらに協力してくれるよう頼み、こうして、被告人B、同Cは、それぞれ全く予期しない事情から、順次同ホテルに向かうこととなった。ホテルへ向かう途中、被告人Bは、同Aに聞いた話から、Dが暴れているのは覚せい剤使用が原因であろうと察知し、できるだけ早く同人を取り鎮め、取りあえずE子方まで連れ戻り、医師に診てもらうか、かつて同人が覚せい剤で同様の錯乱状態となったときと同様に、睡眠薬を与えて眠らせ休養させる等の保護措置を講じてやるのが同人のためであるとともに、同被告人らと密接な関係にある者がホテルという人の出入りの多い場所で暴れ、現に他人に迷惑を及ぼし続けている以上、自分達において、その状態を一刻も早く収拾するよう努力するのが世間に対する責任でもあり、ホテル関係者から期待されているところでもあろうと考えていた。

4  被告人Bは、同Aとともに、午前一〇時三〇分ころホテルに到着し、直ちにDのいる部屋へ赴いたところ、部屋の入口にはテーブルなどでバリケードが築かれており、Dは、全裸の身体に毛布をまとった異常な姿で、「俺を殺しに来たのか。」「お前は、Bの偽者だ。」などとわめいて、同被告人に木製ハンガーで殴りかかったり、浴室に閉じこめようとしたりして暴れ、ついで全裸のまま部屋を出て一階ロビーへ降りて行き、「なぜおれを苦しめるんだ。」などと口走りながら、そこにあったシーツの束をあたりかまわず投げ散らし、鉢入りの植木を倒し、応接椅子を持ちあげて振り回し、壁に自分の頭を打ち付け、水の入ったコップを壁に投げ、更にロビー備え付けの鉄製円筒形吸殻入で被告人Bを殴りつけるなど支離滅裂な行動を繰り返した。

5  被告人Bは、到底自分一人では、Dを取り鎮めることができない事態と見てとり、いったん外へ出てE子方へ電話し、もっと応援の者をよこすよう求めてすぐに被告人A及びそのころ到着した被告人Cとともに玄関からロビーにもどったところ、玄関のガラスが割れてその破片が床に散乱した上にDが全裸で仰向けに横たわり、何かどなりながら手足をばたつかせ、更に、電気スタンドのコードを首に巻き付けたり、電気スタンドで自分の頭を殴りつけるなどの自傷行為をしており、身体の各所に負傷して血だらけになっていたほか、自動ドアが開閉するたびに足がドアではさまれている状態にあった。しかもなお、被告人BがDを助け出そうとして近寄ると、同人は、半身を起こしていきなり所携の電気スタンドで殴りかかるという有様であった。

6  かくして、被告人ら三名は、Dが右のように奇異な狂態を演じ続け、自傷行為にも及んでいることなどからみて、既に正常な判断力を失っているとしか考えることができず、この上は、同人のため、一刻も早く応急の保護的措置を講じてやるのがその意に沿う所以であるとともに、あわせて同人が更に暴れることによってホテル側に生じる損害や迷惑の拡大を可及的に防止することが必要な状態にあり、しかも同人を取り抑える過程で被告人らが負傷させられたりすることがないようにもしなければならないことなどをあれこれ考え合わせた結果、右の事態のもとにおいては、この際多少の有形力を行使してでも手早く確実にこれを取り抑えるほかはないと考えるに至った。そこで、同人の隙を見て、被告人B、同Aがこれをうつぶせに倒して取り抑え、被告人Cも協力して、E子方へ連れ戻す途中で再び暴れることがないようその手足を付近にあったビニールひもで縛り、ホテルの毛布を借りて裸の同人の身体部分を包み込んで着衣にかえ他人の目にさらされないようにした状態で乗用車の後部座席に運び入れ(同人は、なおも暴れようとしてもがいていたため、やがてその身体は、座席から床上へ転げ落ちた。)、被告人Bの指示により、同Aが運転し、同Cと、E子から応援を頼まれ遅れて到着していたFとが見守りながらE子方へ向け出発し、他方、被告人Bは、右ホテルに残ってDが荒らした部屋の後片付けをしたり、破損した物品の弁償の話を取りまとめたりするとともに、E子方に電話して、医者の手配をするように連絡した。

7  被告人C、同A及びFは、E子方に到着するや、相前後してもどってきたG及びその場に居合わせたHとともに、E子方屋内作業場内にじゅうたんを敷いてそこにDを運んでうつぶせに横たえ、くるんでいた毛布を開き、手足を縛っていたビニールひもを、手近に適当な刃物がなかったため、有り合わせのライターの火で焼き切って急ぎ自由にしてやったが、ひもが取れると、Dは、従前にも増して手足をばたつかせて暴れ出す気配を示したので、再度別のひもで縛ったものの、暴れ方が激しくてこのひもはすぐに切れてしまい、こうして結局はその場にいた者らが協力して再びDを押さえつけて鎮めるほかない事態となり、被告人AがDの上半身におおいかぶさるようになり、被告人Cがその身体の上に馬乗りになって、同人の臀部付近を押さえ、またFとHが二人で足を押さえていたところ、程なくして、Dは急に静かになり暴れなくなった。その異変に気付いた被告人CがDの心臓に耳をあててみると、動いている様子がなく、急いで救急車の手配をする一方、同被告人が人工呼吸を施し、事態が急変したあと遅れてE子方に帰着した被告人Cも、自ら人工呼吸を試みるなどしたが、遂にDは蘇生せず、同日午後〇時五五分、救急隊の連絡で駆けつけた医師により、死亡が確認された。後日、その死因は、食物誤嚥による窒息死であることが判明した。

概略以上の事実を認めることができる。

第三当裁判所の判断

一  前記認定の事実によれば、被告人らは意思相通じた上、ホテルでDを取り抑え、抵抗する同人の手足をひもで縛り、全裸の身体を毛布でくるみ、乗用車に乗せてE子方まで連行し、同所でひもを一旦はとりほどいたものの再度うつぶせ状態で押さえつけて暴れられないようにした等の各事実が明らかであって、その間、被告人らにはこれらの行為を行うこと自体につき、その認識に欠けるところはなかったと認められるから、被告人らの行為は形式的には逮捕罪にいう不法な逮捕行為に当たっているとの外観を呈していることは否定できない。

二  しかし、形式的に逮捕行為に当たっていると見られる行為がある場合も、そのすべてが逮捕罪にいう不法な逮捕行為に当たるわけではない。法令上の根拠がある行為の場合はもとより、そうでなくとも、それが行為当時の具体的事情に照らし、社会的に相当と認められる範囲内の行為であるときなどには、実質的に違法性を欠くものとして不法な逮捕行為に当たらないと判断される場合も少なくないのであり、特に本件は、前述のとおり、覚せい剤使用による錯乱状態に陥った被害者を、同人の同行者や友人等が、その縁により、取り鎮め保護しようとして予想外の結果を招いたという異例の経過を内容とする事件であるだけに、その場合の被告人らの行為が、不法な逮捕行為と評価されるべき実質を備えているかどうかの判断に当たっては、その行為を取り巻く具体的事情につき、特に慎重な検討が必要であると考えられる。

1  まず、被告人らの本件行為は、覚せい剤使用による錯乱状態に陥っている被害者Dを保護しようという善意から出たものであって、被告人ら関与者のうちにはだれ一人としてDに対する害意を持っていたものがいなかったことは本件証拠上疑いがない。すなわち、前記認定事実によれば、Dは、全裸になって自傷行為を繰り返し、このため、身体の各所に負傷して血だらけになっており、また、ホテルの各種備品やガラスを損壊し、更に、被告人Bに殴りかかるなどの他害行為に及んでいたというのであって、かかる状況を目撃して、被告人B、同Cは、仲間内の先輩を助けようとの気持から、また、必ずしもDを快く思っていなかった被告人Aは、右両名とは若干立場・思惑の違いはあったものの、その場はとにかく同人を放置するに忍びないとの気持から、結局、協力して、既に正常な判断能力を失い、見境いのない加害行為に出ているDを一刻も早く取り抑え、同人を保護しようとの意思で本件行為に及んだことが明らかである。このことは、被告人らが、ホテルでDを取り抑えるに際し、同人から支離滅裂な暴行により危害を受けながらも、ひたすらこれをなだめる態度に終始し、これに反撃しようとすればいくらでも反撃することが可能な状態であったのに、全くそのような行動に出ようとしなかったこと、Dの手足を縛ったのも同人をホテルからE子方へ連れ戻すのに必要な短時間だけのことであり、同女方へ運びこんだのちは、被告人C、同Aらにおいて、直ちにビニールひもを解いてやることに意を用いており、関係者が一様にDの容態を気遣っている様子が認められること、遅れてE子方へ帰着した被告人Bは、居合わせた者らに医者はどうしたとまず最初に尋ねた模様であることその他の事実にもよくあらわれているものと考えられる。ところが、この点に関し、検察官は、被告人らの本件行為の目的は、Dの覚せい剤使用事実を隠蔽したいとの点にあったかのごとくに主張する。もとより、被告人らにおいても、Dが覚せい剤を常用していた様子を大体のところ察していたと認められるから、同人が逮捕され使用事実が発覚することになっては同人のためにならないことは推察できたはずと見なければならないし、被告人らの中には、当公判廷において、そのことを認めているものもある。しかし、それは、Dの側に存する事情ではあっても、被告人らに固有の事情ではなく、Dによる覚せい剤使用事実の発覚を阻止しなければ被告人らが困るという関連性は、本件では全く立証されていないし、また、被告人B、同Cらが、本件当日、ホテルへ出向いた事情を見れば、同人らがそのように考えたものでないことは一見明白といえる(ただし、被告人Aについては、後述のとおり、Dとともに覚せい剤を使用した事実があり、この点で、同Bや同Cらとやや事情を異にするが、被告人Aにおいても、同Bや同Cが、専らDを保護するために出向いて来ている事情を熟知した上でこれに協力し、指示に従っている関係にあり、右の点も、全体としてDを保護する目的があったことと矛盾・牴触するものではない。)。仮に、被告人らが、Dを保護しようとする際、Dにとっても覚せい剤使用の事実が露見しない方が好都合であろうと副次的に考えた一面があったとしても、本件を全体として見るとき、一方にDの放置できない錯乱状態があり、他方に被告人らがこれに対して前記のような抑制的な対応行為をした経過が客観的に動かし難いものである以上、本件行為の目的が、Dを保護したいとする点にあったと認めるべき大筋に何らの変わりもなく、いずれにしても、検察官の前記主張は、やゝ一方的過ぎる見方というべきである(捜査手続開始当初においては、被告人Aの供述が得られず、そのため同Bらがどのような事情・経過でDを救助しにかけつけたかの詳細が、同被告人らの弁明的供述以上に明らかにならなかった点に、本件被告人らの行為の評価を難しくさせる事情が存したことは考えられるのであるが、全体の事情が判明した後、なおも本件を覚せい剤使用の隠蔽をはかった事犯と見るのは、一方に偏り過ぎていると思われる。)。

2  ところで、本件当時の状況に照らして考えると、被告人らがDの手足を縛り、あるいは身体を押さえつけたのは、その当時の同人の暴れ方からみてとっさに他の方法を思いつかず、また他の方法をとることができなかったためであったようである。もとより形式的に言えば、被告人らには、Dが狂ったように暴れているのを眼前にした場合においても、それを強制力を用いて取り抑えたり、そのために必要があるとして手足を縛ったり、うつぶせにして身体を押さえつけたりすることが許される特別の権限も、まして責任も存しない。したがって、形式的に割り切って言えば、被告人Bのごとく、眠いのを我慢してまでホテルへ出向くことはなかったし、また、同Cのように偶然E子方に立ち寄ったため同女から頼まれたときにも、他人事として放置しておけばよかった、更に言えば、ホテルでのDの暴れ方を見て、手に負えないと思えば速やかに立ち帰ればよかったと言って言えなくはないであろう。しかし、暴れているDと日頃から行動を共にし、特に密接な関係にある被告人Bらが、右の現場に居合わせているような場合を考えると、同人らとしては、暴れているDの行動につき、そのような特別の関係が存しない一般の者とは違った責任を感じることも社会通念上極めて当然であると言うべきではなかろうか。特に、そうした間柄にあるDが、他人の経営するホテル内で現に暴れていてホテル関係者に迷惑を及ぼしているとの事態が生じている場合などには、ホテル関係者の側からみても警察官を呼ぶ等のことを考える前に、まず暴れている者の関係者において、直ちに同人を取り鎮め、蒙っている迷惑の拡大防止、即時除去を図ってくれることを期待しているのが通常であり、被告人Bらの立場にある者としては、この期待に応えねばならないとの責任に近い感情を懐くのが通常であって、ましてその期待に応えること自体違法視されるなどとは通常は感じられていないのであり、こうしてみれば、緊急措置を必要とする事態を前にして、その事態につき社会生活上の責任を感じる立場にある者がとりあえず必要な限度での措置を講じることは当然ではないかというこのような意識は、むしろ社会生活上かなり広く一般に浸透し定着した意識となっている面があると考えるべきであろう。もとより、このことは、そのような特別に密接な関係がある者に何らかの行為に出る責任を一般的に生じさせるものというわけではないけれども、それらの者が、緊急措置行為に任意出ようとしたときには、その行為の適法性判断に当たって、関係を有する一つの事情として、考慮する必要があることだけは否定できないと思われるのである。これを本件に即して言えば、本件被告人らが、Dの手足を縛ったりして強制力を用いたことについて、何ら特別の法律的根拠がないというだけの理由で、それが不法な逮捕行為であるとしてこれを直ちに違法視することはできないのではないかと思われるのである。

のみならず、本件における被告人らは単なる友人等関係者というだけではない。すなわち、被告人B、同Cらがホテルへ出向いたのは、もとはと言えば、同Aの応援要請によるものであったのであり、そのAは、それ以前Dと行動を共にして同ホテルにも同宿し、共に覚せい剤を使用していたいきさつがあって、いわば、Dが覚せい剤使用による錯乱状態に陥る原因発生に自らも関係を有していて、そのため事態の収拾に責任を負わねばならない立場にあったと見られるのであり、同Aの依頼を受けた同Bらとしては、これに協力する以上、同Aに準じて収拾に当たるべき責任を負う立場にあったものと見ることができるのである。同被告人らがそのような意識をもっていたことは、一方で、Dを車に乗せてホテルからE子方へ向かわせ、睡眠薬の投与等の保護措置の依頼をするとともに、その後、同被告人がホテルに残留し、ホテル内の掃除・整理等の後片付けをし、ホテルに与えた損害等の確定、その弁償約束、手順等を支配人と協議し、その納得を得た上で立ち去っている事実にも現れていると見ることができる。被告人らの立場が右のとおり、Dの狂乱状態招来について無関係な第三者の立場ではなかったとすると、同人らとしては被告人Aらの一部関与した行為から生じたDの錯乱状態を収拾する必要に迫られていたものであり、そのためにとりあえず、必要な応急の保護的措置を講じるべく、必要最少限度の強制力を用いることがあっても、それが、前示のごときDの錯乱状態に照らして、客観的に相当と認められる限度を越えない限り、強制力を用いたというただそれだけで直ちに違法になるわけのものではないと考えるのが相当である。

むしろ、問題は、被告人らが緊急措置として行った強制力の行使が、具体的事情のもとで、客観的に相当と認められる限度を越えていなかったかどうかの点にあるというべきである。

3  そこで、次に、被告人らの行為が、右のような観点からみて、相当性の範囲内にあったと認められるかどうかを検討するのに、以下述べるごとく、いずれもDの保護目的のための手段として、相当性に欠けるところがあったとまでは認められない。検察官は、被告人らが直ちに警察等へ通報せず、内々に事を処理しようとしたことを非難するが、自らの関係が他人の住居内などで自傷他害行為を続けているとき、常に警察等に通報すべきであるとか、通報をしなかったときは、その間に保護行為がなされても保護のため必要な行為であったと認めてもらえなくなるなどということはもとよりできないのであって、被告人らのごとく、とりあえず、その場から連れ出して自分達の支配できる安全な場所に連れて行き、自分達のできる範囲内で、医師の手配をするなどして事を処理しようとすることも、通常は極めて自然な成り行きであって、このような処理をすべて一律に違法視するのは当たらない。してみると、被告人らが、Dを保護するための方法として、これを身内のE子方へ連れて行った上、医師の手当てを受けさせようとしたことは、格別の非難に値するものではないと言うべきである。前述のとおり、問題はE子方へ連れて行くためにDに対して加えた行為の相当性いかんの点にある。そこで、被告人らの行為を個別的に見ると、Dの手足をビニールひもで緊縛した点やE子方において大勢の者でその身体を押さえつけた点など、一見すると相当性の限界をこえているのではないかとの疑念を生じさせるところがなくはない。しかし、更によく考えてみると、これらの行為が相当性の範囲内の行為であるかどうかは、保護しようとする相手方、本件に即して言えばDの暴れ方いかんによって大きな影響を受けざるを得ないのであり、本件Dの場合のように、相手方が全く彼我の区別もつかない錯乱状態に陥り、先に詳述したように、手足を激しく振りまわして暴れ、ガラスを割り、物を投げ、器物を破壊しというような手のつけられない状態にあるときには、数人がかりで相手を取り抑えるだけでなく、再度、暴れないように一時的に手足を制縛することも、他に有効な方法が直ちに見出されない状況のもとでは、なお相当性の範囲内にある行為と認めるのが相当であると考える。そうだとすると、本件において、Dの前示のように激しい錯乱状況にかんがみ、かつ、被告人らがDの手足を制縛したのはホテル「トーメイ」からE子方へ連れて行く必要上の一時的のことであり、またE子方において数人で押さえたというのも、Dが再度暴れ出す気配を示した際だけのことであること、押さえた程度も特に激しいというものではなく、Dの動きを止めるのに必要と認められる程度であったことなど先に詳述した諸点を考え合わせると被告人らの本件行為は、なお必要かつ相当な限度内にとどまっていたもの、少なくとも、いまだ逸脱しているとは言いかねる状態のものと見なければならない。本件では、結果的にDが死亡するという事態を生じており、そのことはもとより重大に考えなければならないが、そうであるからといって、その結果から逆に、被告人らの行為が、相当性の限界を越えたという理由づけをすることができないことも当然と言うべきである。

4  以上のとおり、被告人らの本件行為は、覚せい剤の影響により錯乱状態に陥り、ホテル内で自傷他害行為を繰り返していたDを保護する目的で、かつ相当性の範囲を逸脱したとまでは言えない範囲内の方法で行われたものであるから、全体としていまだ社会的に許容された範囲内の行為と見られ、実質的違法性を欠くものと認めるのが相当である。

三  右に述べたところによれば、被告人らの本件行為は、形式的には逮捕罪にいう不法な逮捕行為に当たっているように見える部分があるものの、右行為前後の状況に照らし実質的違法性を欠くものと認められるのであるから、前提となるべき同罪が成立しない以上、Dの死亡との因果関係の有無いかんにかかわらず、被告人らにつき逮捕致死罪が成立しないことは明らかである(なお、検察官は、当公判廷において、当裁判所からの求釈明に対し、逮捕致死以外の訴因、具体的には、重過失致死、過失致死等の訴因に変更して処罰を求める意思はない旨を明らかにしているだけでなく、現段階においては、証拠上、過失の態様、存否等も明らかでないので、当裁判所において、訴因変更を促したり、過失致死の成否を詮議して管轄違いの言渡しを検討したりすべき場合とは考えない。)。

第四結び

以上述べたところによると、被告人らの行為については、結局のところ、それが相当性の限界をこえて刑法二二一条の逮捕致死罪を構成するとの点について、いまだ立証が十分でないことに帰着するから、刑事訴訟法三三六条により、被告人らに対し、いずれも無罪の言渡しをすべきものである。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋山規雄 裁判官 永井敏雄 石田裕一)

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